【梅花春月】 罪なんて誰が決めるの
 

梅花春月

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

*    *    *

Information

□ TEXT □

罪なんて誰が決めるの

幕末 慶応4年
島田魁視点 島土




『色を失う』とはこういうことか、と、眼前でまざまざとその様子を見せつけられた。
蒼いを通り越し紙のように白くなったその顔に、一欠片の生気も宿ってはいない。
それでも彼は、虚ろになる目を懸命に瞬かせ、唇を震わせて最後まで報告をその耳に留めた。
その後の彼は、冷静すぎるほどに冷静で、あくまで彼であろうとするその姿が逆に痛々しく見えたほどだった。

局長が死んだ、という話は既に全員の耳に届いている。
一同が狼狽えた、が、それを告げたのは彼自身であったからか、その動揺は予期されていたものよりは余程小さなものであった。
古参の減った隊士たちの中では、局長の死を報せを受けたその日のうちに平然と報告できるなどまさに鬼、と言う者すら出た。
人の血など通っていない、とは、彼のどこを見て言っているのかと、拳を振るいそうになるを懸命に堪える。
彼の立ち振る舞いに、局長の死を経てもまだ新撰組は滅んでいない、と希望を持つ者も少なくはないのだ。
彼の在り方は、きっと間違いではない。
間違いではないのだろうが、されど…、とは、自らの勝手な想いである。


その日の夜、彼に呼ばれた。
部屋の外から声をかけると中に入るように言われ、襖を開けて室内へ入り襖の近くに座した。
彼はこちらへ背を向けたまま、島田、と己の名を呼ぶ。
はい、とだけ答えた。
張り詰めたようないつもの気迫が、その声には感じられない。

「新撰組は、終わった」
「何を言います」
「新撰組副長土方歳三は、局長近藤勇と共に死んだ」
「土方さん」

彼の肩が震えていた。
首を俯けていただけの姿勢が、徐々に腰から丸まってゆき、ぶるぶると身を震わせるその姿は実に小さく見えた。

「俺が殺した」
「土方さん」
「局長を、武士としてのあの人を、殺したのは…俺だ」
「違います、土方さん」
「流山で腹を切らせてやればよかった。斬首になど、なるべき人じゃねぇ。俺が、武士らしく腹を切ると言うあの人を止めたから、俺が、武士としてのあの人を、汚して、首を晒させた。俺が、俺が…っ」

堪らず、彼の肩を引っ掴んで無理やり此方を向かせた。
澄み渡るほどの黒い瞳から涙が溢れ、いつから泣いていたのか頰に幾筋もの涙の跡があり、顔中がしとどに濡れていた。
ぎりぎりと奥歯を食い縛り、嗚咽を漏らさぬように耐えている。
こういう泣き方をする人なのか、と、その時の状況など忘れたように彼を見入った。
ぼろぼろと溢れ止まない涙に、己よりも随分と華奢な体を腕の中に抱き止めると、彼は己の肩に額を擦り付け、肉厚な己の体さえもその涙で濡らしていく。
上司に対しすることではない、と分かってはいながら、彼の背を手のひらで擦った。
全て吐き出してしまえば良い、堪えずに涙と共に想いも苦痛も全て吐き出して、子供のように泣けばいい。
こんな時にまで自分を偽って鬼である必要はないと、彼の体を強く抱き締める。

っぐ、と彼の喉が鳴った。
歯を食い縛って堪えていた声が一度溢れると、それはもう堰き止めていた板が決壊したように留まることを知らなかった。

「あぁ、勝っちゃん…かっ、ちゃん…っ」

局長、でも、近藤さん、でもなく、彼は己の知らない嘗ての友の名を呼んだ。
繰り返し繰り返し名を呼んで、嗚咽と名前の間で、何度も謝罪を口にする。

「俺が…、俺があんたを大名にしてやるって言ったのに…勝っちゃん、すまねぇ、武士になろうと言ったのに…っ、一緒に武士になってやるって、誓ったのに…」

ごめん、勝っちゃん、ごめん、殺させてすまない。
何度も何度も彼は謝罪を口にした。
きっと局長は彼が思うほど彼を責めたりしない。
そんなことは己にだって分かるが、彼の痛みはそんなことを己が言ったところで些かも軽くはならないだろうから、黙ったまま抱き締め続ける。
彼のしがみつく手が己の背に爪を立てているのが、痛みを少しでも分け与えてくれているようで、縋り付く場所と成り得ているようで、少し嬉しかった。


一晩中泣き続けて、涙が枯れたように彼は泣き止んだ。
目が溶けてしまうのではないかと心配になるほどに泣き続けた彼の顔は、元の整ったそれを台無しにするほどひどく腫れている。
無理もない、と思いつつ、一度席を外し井戸で冷たい水を桶に汲んで部屋へと戻った。
膝の上へ彼の頭を乗せ、手拭いを冷水に浸し、固く絞って彼の顔を拭う。
幼子のようにされるがままになっているのは、指一本動かすのも億劫なほど泣き疲れたからだろう。

「なぁ、島田…」
「はい」
「近藤さんが、死んだ」

一通り泣いた後で、確かめるように、自らに言い籠めるように彼は言った。
何と答えていいか分からず、涙の後を拭った手拭いをもう一度水に浸し、適当な大きさに畳んで彼の目元を隠すように被せた。

「はじめは、山南さんだった。あの人も、俺が殺した。平助も、近藤さんも、俺が殺した」

目蓋を覆う手拭いに視界を閉ざされながら、彼は腕を伸ばし手探りに己の頬に触れる。
その手が温かく脈を刻んでいるのが、妙に嬉しい。

「源さんも死んだ、山崎君もだ。永倉や左之は隊を離れた、斎藤も、総司も…俺の大事なものは皆居なくなっちまう」
「…まだ、居ます。俺は居ます。貴方の大切な新撰組も此処にある」

己の頬に触れる彼の手に手を重ねる。
何の力にはなれなくても、傍に居ることくらいなら、この人の大切なものにはなれなくてもこの人を想うくらいならできると思った。

「島田」
「はい」
「お前は、俺が死ぬまでは死んでくれるな」
「…それが、副長命令なら」

副長命令か、と彼はぽつりと零す。
彼の感情は己には知れなかった。
彼は空いた手で目元を覆う手拭いを外す。
目が開けないのではと思うほど真っ赤に腫れていた目は、ほんの少し腫れが治まってきている。

「最後の副長命令だ、島田」
「最後だなどと…」
「最後だよ、新撰組副長土方歳三はもう、必要ねぇ。近藤さんと共に死んだんだ」

土方歳三は死んだ、と、彼は再び口にした。
けれど肩を震わせ言った先程とは違い、憑き物が落ちたような顔をして。

「俺ぁ今まで散々殺したし、殺させた。その咎だ。大事なもん散々失うまで、簡単には死ねねぇように出来てやがる、畜生」
「全て新撰組を守るためにやったこと、貴方に罪はないでしょう」
「罪がねぇ?」

くっくっ、と彼は可笑しそうに喉を鳴らした。
その瞳には何が映っているのだろうか、或いは何も映ってはいないのか。

「新撰組自体が、今の世じゃ罪だと言われてんじゃねぇか」
「それは…」
「新撰組を生み出した俺は、罪人だ」

そう言いながらも、笑んだその顔には後悔の一つもなかった。
きっとこの人は、どうやってもこうしか生きられない人だったのだろう。
彼の体から力が抜け、沈むようにして眠りにつく。
膝の上に乗せられた頭を降ろすようなことはせず、彼の顔が日が昇る頃にはまた端正なそれに戻るよう温くなった手拭いを再び冷やした。



翌日、彼の言った土方歳三の死とはどういうものかを知る。
穏やかに笑い自ら進んで若い隊士たちと接しようとするその姿に、鬼は潜んでいなかった。
副長土方歳三は必要ない、とは、死んだ、とはそういうことか、と思うと同時に、今この場にあるものこそまさに彼本来の姿なのだろうかとも思う。
脆く崩れてしまいそうになった新たな彼に、決して傍を離れてはならないと強く思った。



end


スポンサーサイト

*    *    *

Information

Date:2016/01/31
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。