【梅花春月】 相合傘
 

梅花春月

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相合傘

明治
山縣視点 ガタ木戸




さあさあと音を立てて草木や地面を濡らしてゆく雨を執務室の窓から眺める。
常から温泉に行きたいと事あるごとに訴えてくる木戸の要望に応えるため誂えた温泉宿まで、そう遠くはないとはいえ幾許かの距離はある。
降り注ぐ雨はどうにもすぐには止みそうにないことが見て取れ、馬車か或いは人力車を、と言うと、せっかくなのだから歩いて行こうと木戸は微笑んだ。
身体に障ると眉を寄せるも、木戸は朗らかに笑んだまま、最近は調子がいいんだとどうにも譲る気はない。
ひとつ、ため息を落とす。
こういう顔をするときの木戸の頑なさは、誰よりよく知っているつもりであるから。


「そうも調子がいいと仰るなら、今日の夕食は完食して頂く」

どうしても歩いて行くと言うのならそれくらいの条件はのんでもらうと言うと、木戸は形の良い眉をぎゅっと眉間に集めた。
最近の木戸は食が細くていけない。

「そうは言うけどね、お前の食べろと言う量はいつも多過ぎて」
「食は身体の資本だ。風呂に入るにも体力を使う、歩いて行くと言うなら尚の事、食べねば力が付かん」
「僕は食べる事に対しての方が体力を使うのだけど…」

どうしても食べねば駄目かい、と甘えた声で尋ねるを、駄目だ、と一蹴する。
木戸は暫し視線を彷徨わせどうにか逃げる術を考えているようだったが、やがてふぅと息を吐いた。

「仕方ないね」

言っている事は子供の我儘のようであるというのに、困ったように笑んだその顔は幼子を抱える母の様な慈愛に満ちている。
故に、いつも理は此方にあるというのに、此方が許してもらっているようにさえ思えてしまうのだ。
じ、とその微笑みを見据えていると、木戸はどうかしたのかと首を傾げた。

「いや、私ではなく伊藤でも誘えば良かったと思われているのではないかと思ってな」
「ああ、…そうだね。俊輔ならそう食に煩くはないが…」

けれどあれはあれでまた過保護だから、と木戸は愛おしそうに言う。
同郷の者の話をする時の木戸は、大抵の場合、我が子の話をしているのかと見紛う程に穏やかだ。
困った、と言いながら、困った風は欠片もない。

「だけどね、僕は狂介と行きたいんだ」
「それは、また…」
「世辞ではないよ?」
「いや。酔狂な、と思っただけだ」

酔狂か、と木戸は可笑しそうに繰り返す。
大きな西洋式の椅子から腰を上げ、室内に吊るしていた傘を取り、此方へと差し出した。

「傘ならば、貸して頂かずとも持っている」
「いいんだよ、これで行こう」

ね、と有無を言わさない木戸に、諦めにも似た気持ちで息を吐く。
廟堂を出て傘を開いた。
雨が開いた傘に降り注ぎ、ぱたぱたと音を立てる。
洋装の男二人が一つの和傘に入っている様は、周りからはとても奇異なものに見える事だろう。

「歩きたいと仰るならそれでも構わないが、ならばせめて自分で傘を差されたらどうだ」
「ああ、腕が疲れるかい? だったら僕が持とうか」
「…そうではない」

噛み合わない会話に眉を潜めると、分かっていてそう言ったのだろう、くすくすと笑った。
そうして、ぴたりとくっつくほど近く体を寄せる。

「狂介、遠いよ。もっと寄り添わないと濡れてしまう」
「…貴兄が濡れなければそれで良い」
「駄目だよ、風邪をひく」

一つの傘で行こうと言い出した者が今更何を言うのかと呆れすら感じる。
こういう時、木戸が何を考えているのか、己には何一つ理解ができない。

「…雨が、降っているからね」
「…はぁ」
「雨が降ると、他の音が遠く聞こえるだろう? 視界も狭くなって、世界から隔離されたように感じるんだ」

けれどこうして寄り添えば、と木戸は傘を持つ己の手に自らの手を重ねる。
それは随分痩身となった今でも変わらない、長年剣を振るってきた者の、紛れもない長州の首魁の手だった。
狭い傘の中、二人の間に一分の隙間も空かない程に体が密着すれば、雨の匂いに紛れて、ふわりと木戸の体から甘やかな匂いが香る。
木戸はじっと此方を見つめ、視線がかち合うと、柔らかに頬を緩ませた。

「僕と狂介だけが、閉ざされた世界の中で、同じ場所にいる」
「…木戸さん」
「だから、僕は雨が好きだよ」

立ち止まり、木戸の体を引き寄せ唇を奪った。
カツン、と傘の落ちる音をどこか遠くに聞きながら何度も深く口付ける。
片方の腕は木戸の腰に周り、もう片方の手は木戸が逃げぬように後ろ頭を支える。
木戸の両の手も己の背を抱き締めているから、先程まで雨粒を受け止めてくれていた傘は道へと落ちたまま、強くなっていく雨が二人の体を躊躇いなく濡らしていく。
水分を含み重たくなった服が体に貼り付いてくるのを気持ち悪く感じながら、濡れた体に当たる冷たい風に体温を奪われていくのを感じる。
宿までは、もう然程距離はない。
あと数歩も歩けば立派な門が見えてくるはずだ。

「こうまで濡れてしまったら、もう傘を差しても意味がないかな」
「貴兄は宿まで走られよ。早く熱い湯に浸からねば風邪をひく」

傘を拾いながら告げると、木戸はいいやと首を振った。
そうして広げた傘の下、己の隣へと戻ってくる。

「もう少し、狂介と相合傘をしていたいんだ」
「…酔狂が過ぎる」
「いいじゃないか、たまには粋狂も」

それにお前は付き合ってくれるだろう、と言われてしまえば、断ることなど出来はしない。
ただそれを簡単に受け入れてしまうのもどうにも癪で、風邪など召さないよう宿に着いたらすぐに風呂に入り食事をとって酒など飲まずに寝るのであればあと数歩ばかり付き合って差し上げようと告げる。
嫌そうに顔を顰める木戸に、何なら湯冷めしないよう寝る時には己が床の中で温めてやっても良いが、と言うと、お前の方がよっぽど粋狂だと呆れたように笑われた。



end


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Date:2016/01/30
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