【梅花春月】 ここが何処だって
 

梅花春月

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ここが何処だって

明治10年
木戸視点 大木戸 (木戸さん死ネタ)






終わりの時間はあっという間だ。
気付けばもう、はじめには思いもよらなかったとんでもないところまで来ていた。
けれどもう、ここが何処だってそんなものはどうでも良い。
今日まで、良いことばかりではなかった、苦しく悲しいことの方がずっと多かった。
幾多の人に出会い、救われ、愛し、失い、嫌い、恨み、そうしてまた、自分も誰かに。

楽しかった、と、言って終われたら最高だ。
たった一度の人生、この日の本に男として産まれたからには、誰になんと言われようとも悔いなきよう面白おかしく生きてみたい。
そんな風に言った、年下の友人がいた。

僕は悔いばかりだよ。
呟きは唇からは溢れず、外に発せないまま腹の中へ堕ちていく。
それでも、まあ悪い人生ではなかったな、と嘆息する。
かの友人はあちらできっと待っていてくれるのだろう、師と仰いだ人も、幾多の同志も、皆きっと。


神経質そうな長く細い指が、僕の手をとって痛くないよう気を使いながら強く握る。
そんな気遣いの出来る男だったかと笑いたい気持ちがあるのに、この体はもう思う通りには動いてくれない。
木戸さん、とここ十数年で随分聞き慣れてしまった声が呼ぶ。
この国はこの男や俊輔達が引っ張り、今までとは全く違う新しく頼もしい国にまだまだ変わっていくのだろう、そこに一抹の不安はあれど、口を出したいと思うことはもうない。
俊輔も聞多も、狂介達も、些か心配になる部分はまだあれど、僕が何を言わずともそれぞれに定めた道がある。
松子は自分よりも随分強い人だから、この先もきっと幸せに過ごしてくれるだろう。
心残りなど、あろうはずもない。

ただ一つあるとするなら、この男だけは、置いて行きたくなかった。
頑強な鋼でできていそうに見えて、その実弱い部分が隠されている。
こうして弱った僕の手を握り、しきりに名を呼ぶほどには。
この男が何度となく辞表を破り捨てたのも、病を理由に国政から退きたいというのを引き留めたのも、独りになる事に耐えられなかったからだ。
知っていた、知っていて知らぬ振りをした。
僕ではなく僕の立場が貴方にとって都合が良いから必要なのだろうと言い詰り、男はそれを肯定した。
弱さを、見せようとしない男だから。

「西郷も、いい加減にせぬか」

後悔をしたくないのならば、この男を友だと言うのなら。
乾いた唇から今度はきちんと声になって紡がれた言葉。
握り締める手の力が、更に強くなる、けれど痛みはもう感じない。


大久保さん、僕はね、貴方が確かに嫌いでした。
薩摩の人間というだけで嫌悪の対象だというのに、その一挙手一投足に口から吐き出す言葉の一つまで一個人として全てに腹が立つ、こんなに憎くて疎ましい相手はいなかった。
けれどね、嫌いだけれど好きでした。
僕と貴方は同じだから、逃れることのできないものに絡め取られて、どうしようもなく生きるたった一人の理解者だったから。
僕と貴方が同じだというのなら、同じに独りだというのなら、逝く時まで同じであれば良かったのに。

ねぇ、よかったら、僕と一緒に逝きますか? 独り残されるよりも、ねえ?
冗談と本気の入り混じった軽口を、紡いだはずがもう唇はピクリとも動かなかった。
いよいよその時は来たらしい。

終わりの時間はあっという間だ。
楽しかったと思えたら最高だと言った友人に、後で僕の人生もなかなかどうして悪くはなかったと伝えなければ。


それが何処だって、いつだって、どんな時だって構わない。
いずれまた、逢いましょう。
なくなっていく気力と力を振り絞って、たった一瞬、細い手を握り返した。



end



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Date:2016/10/22
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