【梅花春月】 道連れ
FC2ブログ
 

梅花春月

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

*    *    *

Information

□ TEXT □

道連れ

幕末
武市←以蔵






「おまんの居場所は、いつでもわしの一番傍じゃ」

穏やかな目をした武市が以蔵へと告げたのは、以蔵が土佐から外の地へとただの一歩も踏み出したことのない頃だった。
言葉をかけた武市の優しい声と信頼の眼差しを、何年の月日が経とうと以蔵は一度たりとも忘れたことなどない。



熱を持った身体はじくじくと熱く痛む。
一切の処置をされることなく不衛生な場所で放置された無数の傷口は膿み、自らの身体の一部が腐っていく様がまざまざと見えた。
以蔵の姿を言葉にするなら、まさに満身創痍という以上に相応しいものはないだろう。
ただでさえ良くない頭は、熱に浮かされ、日々の拷問に怯え、もう全く何の役にも立たない。

以蔵は根性なしである。
侍というには情けないほどに痛みを負うことを恐れ、卑しい生まれ育ちのせいかまともな自尊心など欠片も持ち合わせてはおらず、卑屈な性格でありまた臆病者でもあった。
その以蔵が、延々と続く拷問に耐え何一つ口を割ることをしない。
それはひとえに、敬愛する武市のためである。
以蔵は自身が取るに足らない人間だということを誰よりも知っていた。
その以蔵が、武市の傍にいることで、武市に必要とされることで、己の命に意味を知り、己の生きる道を決め、己の生き様に誇りを持った。

武市は以蔵が捕らえられるよりも随分前から牢に入れられている。
上士となった武市は拷問を受けることこそないが、それでも随分と酷い扱いを受けているだろうことは以蔵にも想像に易い。
捕らえられている勤王党の志士達は何も武市と以蔵だけではない。
捕らえられた他の者達の誰か一人でも拷問に屈し山内容堂の望む答えを口にすれば、既に崩れかけている勤王党はひと欠片も残すことなく瓦解する。
しかし以蔵にとっては、勤王党すらどうでも良かった。
武市の崇高な精神など以蔵には共感どころか想像すらできない、武市の目指す日本が如何なるものかなど以蔵には何一つ理解できない。
それでも以蔵は今まで何の不自由もしたことはなかった。
武市が語ることこそ以蔵にとっての正解であり、常に国を憂い郷を想う武市こそが以蔵にとっては唯一絶対であったからだ。
武市の言うことは、万に一つの間違いもない、と以蔵は思っている。
自分が白だと思おうが、誰がそれは白だと言おうが、武市が黒と言えばそれは疑う余地もなく以蔵の中で黒になる。
以蔵にとって武市半平太という男は、山内の殿様よりも徳川将軍よりも天皇よりも、何より信じ身を尽くすべき、謂わば唯一神のようなものであった。
その武市のために、以蔵は延々と続く痛みにも屈辱にも耐える。
耐えて耐えて耐え抜けば、いずれまた武市と共に生きられると信じて、ただそれだけに希望を持って。

そんな以蔵のもとに、武市から饅頭が届けられた。
それが毒の入ったものだとは、以蔵の勘と届けに来た者の挙動の不信さからすぐに知れた。
武市がそれを送ったのは、憔悴してなお拷問の続く以蔵をもう楽にしてやりたいと思ってのことか、或いはは以蔵の性格を知る上で口を割るのを恐れてか。
それがどちらでも、最早以蔵にはどちらでも良かった。
共にもう一度生きたいと願い続けていた以蔵に対し、武市はお前などもう必要ないと言ったようなものだと以蔵は受け取った。

死のう、と以蔵はその時初めて思った。
武市が死ねというのであれば、以蔵が生きる理由がない。
そう思ってみると、今まで感じていた死への恐怖は不思議と四散した。
その代わり、と、以蔵は思う。
武市は以蔵の居場所を一番傍だと言った、傍にいろと以蔵に告げた、それを反故にさせるつもりはない。
以蔵は口を割った、そうして新たに沢山の者が捕らえられるだろうことを思った。
その者たちの証言によって、武市も死へと向かうだろう。
以蔵は頬に涙の筋を幾筋も作りながら、愉悦と苦痛の混じったような歪んだ笑みを浮かべた。
道連れじゃ、と獄中の劣悪な環境で以蔵は一人小さな声で呟いた。



武市は切腹によってその生涯を終える。
だが、その罪は吉田東洋暗殺ではなかった。
捕らえられた者の誰もが武市の不利になることを何一つ言わなかったことに業を煮やした藩が、主君に対する不敬という根拠のない罪で切腹に迫ったのである。
以蔵の思惑通りに行われた処刑ではなかった、だがそうなるであろうことを以蔵は最初から分かっていた。
自分の惚れている人は自らの言葉如きでその生死を左右されるような人ではない。
それが悔しく、しかしそうなることを望んでいたから、最期の時まで共にさせてくれなかった最愛の人を想い独り歪に笑ったのだった。



end



スポンサーサイト

*    *    *

Information

Date:2016/10/21
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。