【梅花春月】 肩を抱く
FC2ブログ
 

梅花春月

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

*    *    *

Information

□ TEXT □

肩を抱く

幕末
坂本+桂





「ふざけるな!」

耳を劈く怒号に坂本は肩を竦めて耳を塞いだ。
額に青筋を浮かべた桂が殴りかからんばかりの勢いで罵声を飛ばす。

「けんど、桂さん」
「ふざけるなと言ったんだ! 君は僕を馬鹿にしているのか!?」
「落ち着いてつかぁさい、桂さん。誰もバカにらぁしちょりゃあせんき」

怒りに震える桂の両肩を掴んで抑えると、坂本を睨み据えたままではあるが気を落ち着けるように深く息を吐いた。
困ったように眉を下げ、坂本はがりがりと頭を掻く。
これは不利な状況で頭を使うときに出る坂本の癖だが、本人にその自覚はない。
その仕草がまた、聞き分けのない子供を諭しているように見えて桂の癪に触る。

「薩摩と長州が手ぇを組む。倒幕を目指すにはこれ以上ない相手やと思わんがか」
「これ以上なく屈辱的な相手だ」
「長州が薩摩を憎むんはよぉ分かる。けんど、いつまんでも長州じゃあ薩摩じゃあ言うとる時じゃないろう。今日本の中で争ってどうするがじゃ」

それが分からん桂さんじゃないろうが、言われ、桂はぐっと言葉に詰まった。
桂とて、理屈の上では分かっている。
今争うべきは長州と薩摩ではない、二百年に渡る統治で既に中身の腐敗した巨木である幕府を倒し、新政権をもって諸外国と渡り合っていく新たな日本国の創設の必要があることを。
しかし、分かってはいても感情は別物である。
まして長州藩士の己が、薩摩と手を組もうなどと、仲間にどうして言えようものか。

「薩摩と手を組もうなんて、君は僕にどんな顔で仲間に…殿に話せと言うんだ」
「どんな顔でもえいろう。堂々と言うたらえいき。これからは薩摩と手を組んででも新しい日本を創る時代やと」

坂本は桂の手を取り、強く握り込んだ。
意志の強い瞳が桂を捉え、それは一瞬も逸らされることなく見詰め続ける。

「それができるがは、桂さんだけじゃ」

どれほど怒鳴りつけようとも、射殺さんばかりに睨めつけようと、坂本は引き退る様子はない。
それを持ち掛けられた瞬間は、カッと怒りに頭が熱くなった。
二度とその顔を見せるなと怒鳴りつけ、怒れる気持ちのまま早々に立ち去ろうと思っていた。
しかし坂本は、どうにも真剣にこの同盟を考えているらしい。
怯む様子もなく己に一心の信頼を向けて対峙する友人に、桂は最早怒気を殆ど抜かれている。
だが、そう簡単にこの提案を受け入れるわけにも、易々と相手の思うように動くわけにもいかない。
桂にも桂の信念や譲れないものが存在しており、また藩を背負う一人としての立場もあるのだ。


「…坂本くん。君は本当にこの国を変えていけると思っているのか?」
「思うちゅう。けんど、それは誰か一人の力で出来るもんではないき。長州と薩摩が手を取り合って、ほんで、そこに土佐も入る。古い巨木を倒すには、そうやっていくしかないぜよ」

そういう坂本の目には、倒幕よりももっと先が見えているのだろうと桂は思った。
彼が語るのはいつでも途方もなく、その拙さは一見幼くも見え、また夢のようで現実味がなく、けれども不思議に、どれもが実現してしまいそうに思えるのだ。

「幕府を倒して、それで? 君の目的はそれで終わりじゃないんだろう?」
「あったりまえぜよ! 徳川の世が終わったら、上士も下士もなんちゃあない、皆が自由で好きなよぉに生きれる国になるがやき」
「それで、その自由な国で君は何をするんだ?」
「…海へ出るぜよ」

坂本は真っ直ぐに、彼方へ続く先を見た。
雲ひとつない真っ青な空、それに負けないくらい青く澄み切った広い海。

「海へ出て、行ったことのない国を見て回るがじゃ。日本は地球儀で見たら小さいことこの上ない国やき、世界が一体どんなもんか、この目で見ちゃろう思うちゅう」
「世界を見る、か」
「そうじゃ。それで、知らんもん全部学んで、持ち帰って、それを基にこの国でもっと凄いもんを創り上げる。国が豊かになって、誰もが皆自由に生きて、そんで世界と渡り合えるようになったら…」
「…なったら?」

途切れた言葉を尋ねると、坂本は悪戯を思いついた子供のような顔で桂を見た。
きらきらと輝いている瞳は、遠いいつかを思い描く。

「世界を相手に、一暴れじゃ」

ふっ、と桂は思わず吹き出した。
あまりにも子供染みた、あどけなく、そしてなんとも坂本らしい野望であると。
バン、と手で銃の真似事をする坂本にくすくすと笑う。

「君は、やっぱり面白いな」
「桂さんも、面白い人じゃち思うちょるけんど?」
「いや、僕は君ほど素直にも無邪気にもなれないよ」

不思議な男だと桂は思う。
羨ましくなるほどの無邪気さと、こうと決めた道に迷わず進んでいく猪突猛進さを持ち合わせ、時には眉を顰めたくなるほど不躾で、それなのに何処かこの男なら仕方ないかと思わせる愛嬌がある。
夢見がちな子供だと、そう思うこともあれば、ハッとするようなことも言ってのける。
そして現実離れしたそれを、いつでも真剣に説く姿に、いつかはそうなってしまうのだろうと思わせるものがある。
坂本龍馬は、実に不思議な男だ。


「そうか。じゃあ君はそうなるように、僕らを動かせるだけの説得をしてくれ」
「ええっ」
「まさか今のでそう簡単に僕が動くはずがないだろう? 君が長州も薩摩も説得して、互いに納得できるよう結び付けてくれ」
「…桂さん、同盟組む気ぃ無いろう…」
「僕は初めからそんな気は無いと言っているはずだ」

恨めしそうに唇を尖らせる坂本に、桂はつんと言い放つ。
ぶつぶつと何事か独りごちている坂本に、気取られないよう小さく笑いながら、木戸は予感めいたものを感じていた。

「君が確かに長州と薩摩を結び付けられたら、僕は君の…いや、西郷のでも、肩を抱くらいしてもいい」

君にそれが出来るなら、と、木戸自身あからさまな挑発だと思いながら口にする。
すると坂本は例の悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、木戸に人差し指の先を向けた。

「言うたぜよ、桂さん」
「ああ、言ったよ」
「季節一回りするより早うに、その右腕で西郷の、左腕でアシの肩を抱くことになるきに」

ふふん、と得意げに坂本は言う。
きっとそうはならないだろうと言いながらも、桂はその予感が確信に近づいているのに気付いていた。
きっと坂本が言うよりも早く、自身の体は二人の大柄な男に挟まれることになるだろう、と。



end



スポンサーサイト

*    *    *

Information

Date:2016/06/27
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。