【梅花春月】 大嫌い
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梅花春月

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大嫌い

明治
伊藤視点 大木戸←伊藤






ノックをしようと上げた腕は、今まさに音を鳴らそうとしていたドアが開いた為にその目的を成さなかった。
しかしその向こうから現れたのは望んでいた人ではない。
それなりに長身で涼しげな目元の部屋の主よりももっと背が高く涼しいを通り越して冷たい印象のある男。


「…伊藤くん?」
「あ…っは、吃驚したぁ。やだなぁ大久保さん、驚かせないでくださいよ、一瞬僕の中の時が止まりましたよ」

声を掛けられて我に返り、無邪気な笑みを顔に貼り付ける。
普段ならこうしたやり取りを行っている間にも、俊輔? と問いかける声があるはずが、今日は聞こえてこない。
疑問に思いながらも、無駄に上背のある男のせいで室内の様子が分からず、いつまでもそこに立ち続ける男に苛立った。

「あれ? 木戸さん居ますよね?」

痺れを切らし、大久保の脇から顔を覗かせようとすると、あろうことか中を見せる気はないとでも言いたげに一歩を踏み出して来た。

「大久保さん?」
「木戸さんはお疲れの様です、少し休ませて差し上げなさい」
「…は?」
「他人が居ては休まれないでしょう」

暗に僕が邪魔だと言いたいらしい。
木戸を疲れさせている張本人が、どの口で、誰より気心の知れていると自負している僕を他人扱いしているのかと、笑顔のまま視線だけで睨み据える。
腹の立つことに眉ひとつ動かさない大久保は、ちらりと背後を伺った。
再び此方へ向き直り、どうやら僕に引く気がないと理解したのか大久保は面倒臭そうにため息を落とす。

「汗をかいていますから一度起こして水でも飲ませてあげなさい」
「はい?」
「それから、そのまま寝て風邪を引かれても困りますから、毛布でもかけて差し上げなさい」
「…あの?」
「なんですか?」

私の代わりにそこに居るんでしょう、と言われ、誰が誰の代わりだと食ってかかりそうになるのを自制する。
肩に手をかけられ、邪魔だというように道を開けさせられた。
目の前が開けたことで漸く見慣れた木戸の執務室の全貌が目に入るが、そのに目的の人の姿が見えない。

「起きたら木戸さんに伝えてください。先程の書類はご自分で持っていらしてくださいと。待っていますから」

大久保の言葉に答える間もなく、パタンとドアは閉まった。
誰が伝えるか、とは、心の中だけで毒を吐く。

見当たらなかった木戸の姿は、部屋の奥へと足を踏み出すと簡単に見つかった。
英国から取り寄せた皮張りの大きなソファ、その上に体を丸めて寝転んでいる。
まるで猫のようだと頬を緩めながら近付くと、その姿を間近で目に捉え、ひくりと口角が引き攣った。
ぐったりとソファに身を預ける木戸はしっとりと汗ばんで、何より殆ど何も身につけていないその格好と何処か漂う淫蕩な雰囲気。
先程この部屋から出てきた大久保は、木戸とは対照的に一切の乱れも隙もなかったことを思い出し、胃が熱くなる。

乱暴に舌を打ち木戸に近寄ると、ソファのすぐ下、ぐしゃりと縒れた書類が数枚、疎らに落ちていた。
拾い上げると、そこにはよく知る丁寧で綺麗な字体が並んでいる。
紛れもなく今目の前で眠っている木戸のものだが、おそらく最後の一枚である書類だけ、他とは違う手で握りしめたような跡と歪んだ文字が躍っている。


そうしているうち、身動ぎをした木戸が緩慢な動きでソファから体を持ち上げた。
声を掛けると少し驚いたような顔をして、それからすまないと苦笑する。
何に謝っているのだろうか、心配をかけたことか、こんな姿を見せたことにか。
尋ねることが出来ずにいると、木戸は掠れた声で不思議そうに僕の名を呼んだ。


「水を汲んで来ます」
「あぁ、うん」
「寝るならちゃんと服と毛布を着てください、風邪なんかひいたら色んなところから怒られますよ〜」

努めていつも通り、明るく言えば、木戸はほっとしたように安堵の息を吐いた。
僕が内心で何を思うかなど、知る由もない。

衣服を整えた木戸にグラスに入った水を手渡し、疲れているんですかと問えばそうだねと曖昧に笑う。
この人は、相変わらず僕には何も教えてくれない。

「これ、落ちてましたけど」
「え? あぁ、すまない。これは…」

先程拾った書類を差し出すと、それを認めた木戸の頬にかっと赤みが差した。
何を思い出したのだろう、思うと気に食わなくて、きっとこれが大久保の言っていた木戸に持って来させたい書類だと分かっていながら、僕が持って行きましょうかと尋ねた。
けれど木戸は緩く首を振る。

「いや、後で僕が持って行くよ。そうするように言われているから」
「…そう、ですか」

僕が伝えずとも初めからそう言っているんじゃないか、あの男は。
腸が煮えくり返る思いを隠してにこりと笑う。

「僕は少し眠るけど、…俊輔、お前は仕事に戻った方がいいね」
「でも…」
「大丈夫だよ、有難う」

そう言い切られてしまっては、何も言い返すことができない。
仕方なく、本来の用件を伝えて執務室を出た。
ギリ、と歯嚙みをする。
僕の事など恋敵と認識していないどころか歯牙にもかけていない大久保が、僕はどうしようもなく大嫌いだった。



end


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Date:2016/06/20
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