【梅花春月】 一目惚れ
 

梅花春月

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一目惚れ

幕末 薩長同盟
維新三傑 大久保視点





噂に聞いた長州の男の姿を自らの目に認めたその時、これがかの桂小五郎か、と、我が藩の誰もが息を飲んだ。
無駄なものを何一つ纏わない均整の取れた長身、役者のように整った涼やかな相貌、物腰柔らかな雰囲気に聡明さを漂わせる優男。
そうした身を包む柔い甘さに隠しながら、切れ長の美しい黒曜の瞳だけが静かに鋭利な刃を宿らせていることに、一体どれだけの者が気付いただろうか。
視界にその男が入ったその刹那、ぶわりと背が粟立ち汗が伝った。
感じたのは、緊張とも恐怖ともつかない、或いは一種の興奮でもあるような何か。
此方が男にあらゆる感情を沸かせているというのに、それは彼にもひしひしと肌へ伝わっているだろうに、桂は柔らかさを崩さないまま平然と用意されていた席へ座した。

穏やかさを携えた口元が、音を紡ぐためゆるりと開く。
まるで舞台から飛び出してきたような男が、第一声に何を語るのか、その声もまたその身と同じく鳥の囀りのように美しいものなのか、と、好奇の視線が桂に集う。
果たして紡がれた声は、その容姿に似合う凛としたものではあった、が、その色のある声で息吐く間も無く延々と紡がれるのは我が藩へ対する積年の怨み辛み。
まさかこの場においてその様な事を口挟む暇もなく並べ立てられるとは思わず、誰もが呆気にとられ、やがて全くもって筋の通った論でしかないその言葉の羅列に顔を蒼くした。
それは何も我が藩の者だけでなく、桂と共に訪れた長州の品川は紙のように顔を白くし大粒の汗を流して取り乱している。
それでも桂の口上は止まらない。
この男は同盟の話の一切を蹴りに来たのかと思うほどの怒涛の恨み言に、その麗しい見目の何処へそれほどまでの黒闇を納めているのかとゾッとした。

どれ程の間一人口を回していたのか、ようやっと舌が動きを止め、その黒曜石が鋭利さを増して西郷を突き刺した。
桂の弁を最後まで聞き止めた西郷は、ただ一言、ごもっともでごわすとだけ告げる。
西郷の言葉を聞き、桂が瞳を閉じると、空間全体に広がっていたひやりとした空気がゆっくりと溶けていく。
間をおいて再び目が開かれた時、黒曜石の中で揺れていた氷の刃は溶かされ、確かにその瞳に西郷の姿を認めていた。

それからは、どちらも同盟については何も切り出さなかった。
此方の側は初めから自ら切り出すつもりはなく、長州の側も直ぐには口にしてこないだろうということは容易に知れていたため、初めから予想されていた通りの宴席となった。

桂は先の剣呑な姿は幻であったかと見紛う程に柔らかく笑い、酒の席に興じている。
尋ねれば練兵館塾頭の腕を語り、或いは骨董や花を愛でるを好むと話し、逆に桂は興味深そうに薩の話を尋ねもした。
誰もが、桂小五郎という男の真の姿を測りかねる。
後ろ暗いところなど何も知らなそうなその風貌にはこうして嫋やかに微笑む姿こそ正しい形に見える、が、黒く濁る感情をつらつらと並べ立て突き刺す様に睨め付ける士の姿を現に目にしたばかりである。
こうして笑みを浮かべ宴会に参加しながらも、その心奥では今尚暗い感情を積み重ねているのだろうか、と思えば、どくりと心の臓が妙に強く音を立てた。



「あん男、いけん思うた?」
「……難しか」

会を終えて桂が邸を出た後、尋ねると西郷は桂の座していた席を見たままそれだけを言った。

「一さぁは、どげん思う?」
「…おいは、こいで終わいだとは思えん」
「ちゅうと?」
「こん先、あん男とは因縁があうような気がすう」

ほう、と興味深そうに西郷は此方を見た。
何と言うものがあったわけではない、が、ただなんとなく桂を目に止めた瞬間から、この同盟一時ではなく生涯に渡り人生に関わってくるのではと思うものがあった。
たとえ今は、桂がその目に西郷しか認めていなくとも。

「…いつかはおいを見っこちなるじゃろ」
「一さぁ?」
「いや、何でもなか」

その黒曜石に、己が映ることになる時には、何故もっと早くに気付かなかったと後悔すれば良いと思う。
あの涼し気な顔が焦り、時に笑みを浮かべ時に恨み言を吐き出すその唇が己のために口惜しく歪むのを見たいと思った。
そして或いは、心からの笑みと、まだ見ない様々な感情を引き出したいと。


たった一度、初めてあっただけで実によく己の欲を引き出してくれるものだと喉奥で笑う。
生涯を通しての因縁ならば、焦ることはない、まだ時間は優にある、と先に別れたばかりの男の姿を思い浮かべた。



end


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Date:2016/01/30
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