【梅花春月】 おやすみなさい
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梅花春月

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おやすみなさい

大正11年
木戸視点 ガタ木戸






逢って早々に、どうして今更、と山縣は頽れた。
手を差し出すと、じっと見つめ返してくるその顔は、自分が知る最後の時よりも随分と歳を重ねている。

「待っていたよ、狂介」

微笑んでそう告げると、山縣は少し躊躇した後、そっと手を重ねた。
自分の方が五つも歳が上のはずなのに、その手の甲は自分が見たこともないほど筋張っていて、皮が伸び重ねた年齢分の皺が幾重にも刻まれている。

「…そう呼ばれるのは、随分と久しいな」

ふ、と山縣は息を吐く。
ぽつりと独り言のように落とした声は、随分と嗄れている。

「お前を待っていたよ、狂介。お前は随分と長い間頑張っていたようだから」

よくやったねと、褒めてやった。
山縣は困ったような、照れているような、それでいて怒っているような、なんとも言えない顔をしている。
若い時分から表情の変化の多くない男だったが、歳を重ねてその表情がより一層分かりづらくなっていて、堪らず苦笑した。

「この歳になって、子供のように褒められるとは思わなんだ。妙な感じだ」
「どの歳になろうが、僕にとってお前は狂介でしかないからね」

手を取ったまま、しかし山縣は立とうとはしない。
どうしたのか尋ねると、恨めしそうにじっとりと上から下までを眺められる。

「貴兄は、変わられぬ」
「あぁ、そうだね」
「貴兄を忘れたことこそ終ぞ無いが、貴兄はもう此処には居られぬ人だとそう思って生きてきた」

四十五年か、と山縣は嘆息する。
木戸が病に斃れ、その後山縣が生きてきた時間だった。
記憶は山縣の体と同じ様に随分と鄙びたものになってしまったし、時の流れはまるで嘘の様に人々の生活を変え少しずつそれが当たり前に定着していった。
半世紀近いそれは、山縣にとっては途方もなく長く、しかし振り返ってみるとどうにもあっという間の時間でもある。

「今更…もう随分前の話だ。貴兄がもう少し生きられていたらと、思うのも、とうに辞めていた」
「それは、すまなかったね」
「…貴兄に、もう一度、会いたかった」

強く手を引く。
老齢の姿をしていた山縣は、本人の気付いているところにあるのかは分からないが、いつのまにか自分の知る姿と同じにまで若返っていた。

「僕が此処に来た時にね、晋作が待っていた。久坂も、周布さんも、松陰先生も、皆が迎えてくれたんだ」
「私の迎えに来られたのは貴兄だけだというのに」
「不満か?」
「まさか」

一番に逢いたかった。
皆、なんだかんだと言いながら内心は山縣に会いたそうにしていたが、それでも最初に迎えるのは自分でありたかった。
だから我儘を言って、ひとり迎えに来たのだ。

「向こうで皆が待っているよ。そうだ、僕が此処に来て幾らもしないうちにね、大久保さんが来てね。あれには閉口した」
「あぁ、そうだった」
「坂本くんにも会ったしね…、そうだ、僕を追い回していた新選組の連中にも会ったよ」

此処はもう、薩摩も長州も土佐も会津も殿も将軍も異人さえ、何もかもが一切関係が無い。
恨みが全て消え去ったとは言えないが、そんなもの、此処には必要が無いものだった。

「もう、お前は僕とずっと一緒だ」

ようやく山縣が立ち上がる。
繋いだ手を強く握ると、同じように強い力でしかと握り返してきた。

「私はもう、貴兄は居られないと諦めずとも良いのか」
「あぁ、もう、ずっと一緒だよ。二度と離れないさ、狂介」

行こうか、と腕を引いたら、逆に勢いよく腕を引っ張られた。
体勢を崩し山縣の方へ倒れかかるのを受け止められ、見たことも無いほど甘やかに笑む山縣に息を飲む。
柔らかな唇が自分の元へ降りてくる。
山縣が確かに此処にいる、と実感すると同時、山縣も同じ思いなのだろうと知った。

「今更、と言ったね」
「はい?」
「漸くこれから、だよ、狂介」
「ああ」

貴兄らしいな、と山縣は言う。
戦も、国政も、何も関係の無い世界。
漸くこれから、ただ幸せしかない場所で共に居られると、心に満ちる充足感に幸せを感じた。

end

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Date:2016/04/16
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