【梅花春月】 意味などない
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梅花春月

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意味などない

幕末
武市視点 武以






先生、先生、と付いて回る姿は主人に仕えようと必死になる幼い犬のようで、その拙さと献身さに一種の愛着のようなものを持っていた。
いくら教えを説いても学を吸収できないのは自頭のせいだ、それはもう生まれつきのもので仕方がないと、何処か諦めてしまったのはいつの頃だったか。
それでも分からない話を熱心に話を聞こうとし、腕を磨き、傍に仕えて名を繰り返す。
岡田以蔵の存在は、それで十分なはずだった。

決して裏切ることなどないと、何の確証もないことをどうして当たり前のように思っていたのか。
他の者だったなら、きっとそうは思わなかった。
誰が裏切っても、誰が自分を妬んでも、以蔵だけは違うと。
他の者との話をしている時には必ず後ろから羨望の眼差しを向け、先生のためならばと人知れず刀を血で汚し、そうしてまた汚れなど知らないような純粋な子供のような目をして先生と呼ぶ。

あいつは阿呆だから、と、そういう侮りが半分。
表に出すのはその感情だけ。
けれど奥底で、自分が心を許していいのはあの男だけだと、信じていた感情が確かに半分はあった。
だからこそ、決して、いつの時にも、どんな時代が来ようとも、以蔵だけは変わらない、そう思っていた。



「武市先生…」

思い詰めたように、以蔵が小さな声で名を呼んだ。
間の悪いことに自分は攘夷に関する考えを書状にしていたところで、どうした、と以蔵を見ることもなく問いかけた。

「武市先生…わしは、先生のためなら何でもする…何でもできると、思うちょります…」
「あぁ。おまんは良うやってくれよるき」
「けんど…けんど、先生」

筆を止め、漸く以蔵の方へ顔を向けると、以蔵は泣き出しそうな顔を一瞬強張らせた。
煩わしく思ったのが伝わったのだろう。

「先生。わしは、一体いつまで…」

以蔵はそこまで言うと、唇を震わせて言葉の続きを紡ぐのを止めた。
そうして作った両の拳にふるふると力を込め、そうしていたかと思うと、やがて諦めたように、何でもありませんと訂正した。
人斬りなどもうやめてしまいたいと、以蔵の想いはとうに知っていた。
知っていて、気付かないふりを続けてきた、そうしてまた、最後まで言わなかった以蔵の思いに気づかなかったことにする。

「わしは、おまんだけは信頼しとるき。おまんの居場所は、いつでもわしの一番傍じゃ」
「はい、武市先生」

へら、と以蔵は笑った。
泣き出しそうに、諦めたように、物悲しそうに、ただその中へ少しの喜色の色を織り交ぜて。
こんな笑い方をする奴だっただろうか、そう考えてみれば、もう長い間、あの純粋な敬愛の眼差しを受けていないことに気付く。

「…以蔵」
「はい」
「おまんは、わしを信じちょるがか?」
「何を今更…! わしの信じるがは、わしの本当の殿様は、武市先生だけじゃき。昔からずうっと、わしには武市先生しかおらんきに」

以蔵の言葉は、自分に言い聞かせているようだと思った。
こんなやりとりに意味などないと知っていながら、それでも互いに言葉だけを信じ続ける。
気付きたくないことからは目を背けて、上辺だけでも欲しい言葉をもらえたなら、ほら本人がこう言っているじゃないかと納得させて。

「わしが信頼しとるがは、おまんだけじゃき、以蔵」
「先生」
「わしの為に真に働いてくれるがは、おまんだけじゃ」

以蔵は今日も人を斬るだろう。
おまんだけ、などという意味のない言葉を何度も自らの内で繰り返しながら。
そしてまた自分も、以蔵を利用しているわけではない、これは攘夷のため、以蔵から自分への忠誠の証だと、そんな言い訳を並べ立てるのだ。

もう本心で話をすることもできなくなってしまったことを切なく思い、遠く幼かった日々を想う。
あの頃のように、いつまでもただの武市半平太と岡田以蔵でいられれば良かったのに。
いいやそれではやはりこの立場まで上がって来ることなどできなかった、これで間違ってはいないのだ。
そんなことを取り留めなく考えながら、戻らない懐かしき日々に目を閉じた。



end




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Date:2016/04/01
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