【梅花春月】 吐息
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梅花春月

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吐息

幕末 文久3年
土方視点 芹土






切り掛かった瞬間、見開いた目が俺を捉えた。
力んでいた体がふっと軽くなり、ひとつ吐息を零すと、それきりぱたりと動かなくなった。
はぁはぁと荒く息をする背を沖田が労うようにぽんと叩く。
急ぎこの場から離れるよう襖の向こうから山南が目配せをし、重い足を引き摺るようにしてその場を離れた。

血に塗れた着物を脱ぎ捨て、既に寝静まっている他の隊士たちに気付かれないよう水を浴びる。
自らを照らすものは空に浮かぶ細い月だけの、殆ど闇に近い夜の中では、芹沢の血を浴びた自分の姿を認めることはできない。
それが救いのように感じて、ほっと嘆息した。


「何か、言っていましたね」

水を浴びる手を止め、濡れた体を拭いながら沖田が言った。
どくり、心臓が大きく跳ね、背中が一気に冷たくなった。
どくどくと鼓動が喧しく響くのを悟られないよう、努めて冷静を装う。

「何がだ?」
「芹沢ですよ。事切れる直前、何か言っているように見えて…。土方さん、聞こえませんでしたか?」
「…知らねえな。大方俺たちへの恨み言かなんかじゃねぇのか」

そうでしょうか、と言ったきり沖田は口を噤んだ。
執拗なまでに身体中を冷水で洗い流すのを、沖田は何も言わずじっと見つめている。
共に芹沢たちを斬った山南と原田はとうに自室へと戻ってしまった。


「…後悔してるか?」

何故そんなことを聞いたのか、分からない。
それは今更、決して口に出してはならない問いであったというのに。

「人を、斬ったことについてですか?」
「芹沢を斬ったことを、だ」

自分が知る限り、一度として沖田が芹沢を悪く言っていたことはない。
豪胆で乱暴者の芹沢さえも朗らかに笑い飛ばし、芹沢さんはすごいなぁ、などと、感心していたことさえあった。
芹沢と沖田の仲は、決して悪いものではなかったように思う。
けれど沖田は少しも迷う素振りを見せず、いいえ、とまるで今日のおやつを何にするかとでもいうような気軽さで和やかに答えた。

「私は近藤さんと土方さんについて行くと決めてますから、お二人が新撰組の邪魔になると判断したならそれに従います」
「芹沢を、凄いと言っていただろ」
「ええ、芹沢さんは凄い人ですよ。あんなに自分を素直に出せる人、私他に知りませんから。それに、強い」

ぶん、と竹刀を振る真似をして、沖田はにこりと笑った。

「だから、芹沢さんと一度刀を交わしてみたかった。私も人数に加えてくださって、ありがとうございます」
「総司…」
「後悔、していますか?」

いつもの穏やかな声で紡がれた問いが、重い槍となって心の臓を貫いた。
芹沢を斬ったことに対してだとは分かっていながら、お前を参加させたことをか、と分かっていないふりをして尋ねた。
沖田は何事か言いたそうに口を開き、けれどそれを音にはせず、代わりにもう寝ますねと告げてその場を去った。


ぽたりぽたりと、髪の先から雫が落ちる。
艶やかで気に入っていると言いながら何度となく下ろした髪へ口付けた男は、もう二度と口をきかない。
薄い体だと揶揄しながら余すところなく全身へ触れていた大きな手を持つ男は、もう体温を持たない。
斬られるなら他の誰でもなくお前の手で、と最後の伽の中で望んだ男は、再び体温を分けてくれることはない。

今日決行すると、自ら決めたことだ。
全ては新撰組のために、近藤のために、その思いに後悔などあるはずもないが、吐息と共に吐き出された最期の言葉だけが何度も頭を巡る。

『地獄で、待つ』

それは他の誰が聞いてもただの恨み節でしかなかっただろう。
けれど俺は分かってしまった。
あの言葉は、次の逢瀬を誓う、呪いにも等しいほど強烈な、奴の最期の睦言だった。



end




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Date:2016/03/04
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