【梅花春月】 小さなことから
 

梅花春月

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小さなことから

明治11年
伊藤視点(独白) 伊藤→木戸





大事を成すには先ず小事から、とは、よく貴方が口にされていたことだ。
何かを得る為には対価が必要である、とも。
失を無くして得はない、故に成すべきことの為にはある程度の失うものを覚悟しながら、出来る限りそれを最小限に留めて事を成す。
貴方の教えの通りでしょう、と、言葉を零した。

低く憎しみの籠った声が薩摩の人間に向けられている様子を、幾度見てきたか。
冷たく刺すような瞳が会津の人間に向けられている場に、幾度居合わせたか。
ゾッとするまでに自らを閉ざし、全身を憎悪と怨念の化身としているようなその様に、身内でありながらどれほど恐怖したことか。
そうでありながら、その場を一歩去れば、我ら長州の人間を見て穏やかに嫋やかに微笑むその姿に、どれほど安堵したことか。

この人に近くにありたい、この人の手足となりたい、この人がいつも微笑んでいられるよう、この人を護りたい。
この国ではなく、貴方の為に。
そう思ってきたはずなのに、今、貴方は僕を仇のような眼で見据え、怒鳴り、身を翻す。
あの頃見せてくれて微笑みを、僕の前で携えることはなくなった。

大久保についた、と、誰が言っても構わなかった。
長州を捨て出世を図ろうとしている、と、陰口を叩かれても構わなかった。
貴方だけが、信じてくれたなら。


「木戸さん、木戸さん…僕が、貴方を棄てたとお思いですか?」

貴方の為に、そう思って動いてきた僕が。

「僕が、貴方を棄て憎き薩人につくと、本気でお思いですか?」

そんなこと、あろうはずもない。
廃藩置県を終え藩としての姿はなくなっても、未だ決して薩摩を許せはしないのは、自分とて同じこと。
病弱や意見の食い違いを理由に貴方を見切り大久保についた、なんて、そんなことあるはずもない。
だって僕は、貴方の笑顔のためにこの場に立っている。


僕が欲しいのは、貴方の笑顔。
僕が欲しいのは、憎き大久保の居座るあの席を自分のものとし、やがては僕が与える貴方の心底からの笑顔。

大事を成すには、小事から。
大久保に取り入り、いつかその席を奪うための機会をつくる。
何かを得る為には、対価が必要。
それが貴方の信頼ならば、今は、それも仕方なし。

いつか、いつか取り返す。
貴方の笑顔も、貴方の信頼も。
そしていつかは、奪い取る。
あの男の地位も、貴方と対等であるという存在も。

十年、あと、十年もあれば、必ず。
それなのに、そう思って僕はこの道を歩んできたのに、どうして弱っていくんですか、どうして僕から心を閉ざしていくんですか、どうしてあの男を邸に入れて僕は遠ざけるんですか、どうして、どうして。
ねぇ、僕は、どうすればいい。




雨が、降っていた。
打ち付けてくる雨に、体温が奪われていく。

貴方の笑顔を取り戻すのを、僕が大事を成すのを、貴方は待ってはくれなかった。
日に日に弱っていく様を、せめて、受け止めさせてくれれば良かったのに、そうさせてはくれなかった。
最期に大久保の手を取って、最期の最期まで国を憂いていたなんて、ねえ、僕の想いはどうなるの。
僕の目的は失われて、手段だけが残された。
けれど、その手段さえ、大久保が不平士族に殺されて、僕にはどうすることもできないまま、無くなってしまった。
まだ、まだだろう、まだ、僕は何も奪っていない、それなのに、やがては僕が殺すつもりであったというのに、何をくだらない者達に殺されて、こんなに早く去っていくなんて、許されない。
あの男から、貴方も、その席も、権威も、何も、何も僕は奪っていなかったというのに。
そうしていなくなって未だに、大久保が国に必要とされているのが憎かった。
全部全部その腕に抱えたまま、消えてしまった、逃してしまった。

そうしていなくなったあの男のお下がりの地位に立って、手段も目的も無くなって、生きている。
僕には、今、何が残っているのだろう。
この降りしきる雨に溶かされて、貴方の元へと流れて行けたらいいのに。



end



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Date:2016/02/08
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